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コピーライター講座、開校式

何日ぶりだ。いや、しかし何日ぶりにパソコンを開いた。

気付いたら1か月経っていました。意識的に書かないでおこうと思っていたのですがザ・ブルーハーツのベストをツタヤで借りて、パソコンに保存しておこうと思って、パソコンを開いたら、過去の自分が、決心のようなものを書いておりました。内容は書きませんが、今日書くような内容と同じようなことを書いていて、何でこんな同じことを何度も何度も考えてしまうんだろう、馬鹿だなあと思いました。むだな前書きはほどほどにして、昨日の話を書きました。

 
昨日4月22日。
コピーライター講座の開校式がありました。
糸井さんに憧れて、勢いで申し込んだので正直な話
コピーライターがどんなもので、何をして稼いでいるのか、そこまで詳しくは知らなかったし、その点にあまり興味が無かった。
コピーライターというよりは、糸井さんがどのようにして糸井さんになったのかということのほうが僕の関心事であり、コピーライター講座を申し込んだ最大の理由でもある。ここ最近村上春樹にはまりすぎて、というより固執しすぎて自分も小説家にいずれなりたいな、なんて思っていたのだけれども、そういう風に考えると自分には足りない事だらけでどうしても気持ちが塞いでしまう日が多々あった。
 
俺は結局何になるんだろうと。
俺は何がしたいんだろう、何が好きなんだろう。何回この自問自答を繰り返したことか。
 
話がそれるけど、俺がいいなあって思う人は、子供のころからすきなことが見つかって
それに向かって一心不乱に取り組んでいる人。ヒグチユウコさんもそうだし、三国真理子さんもそうだし、横尾さんもそうだし村上春樹だってそうだと思う。
その人たちに憧れたところでもう無理なんだよなあとかって思いつつ、でもそれでもさ、俺は好きな事を見つけたいんだ。
ってずっと思ってた。
そりゃあ毎日のように上で書いたような自問自答を繰り返すわけさ。
 
でさ、何でだったかなあ忘れちゃったんだけど、ことばで生きていきたいって思ったんだよねやっぱり。
この人達みたいに純粋にさ、すきなことをやれるって俺にはできないんじゃないかなって思ったんだ。
それはつまり、子どもが、見よう見まねで絵書いてみたり、詩を書いてみたりするようなことじゃなくて
「努力」って決め込んでやっちゃったほうがいいんじゃないかなって思うようになってきたの。
 
今までは、俺はいますきなことをやっている。って信じ込んできたし、どこかで思わせようとしていたんだけどね、
改めてまあ努力も入ってるよねって認めてあげようかなって思ってさ。
そうするとまた新しい問題は出てくるんだろうけど、ちょっとだけ楽になった。
これはつまり今の自分を認めてあげようねってことなんだと思う。
大体なんでもそうだけど、ことばにするのは簡単でも、実際に行動するのは難しいというのはこのことだね。
と、コピーライターの開校式を経て思ったのでした。
 
そのコピーライターの開校式を見てコピーライトって詩だな。って勝手に思いました。
先生が出す作品にも詩のような文章が書いてありました。ボディコピーというそうです。
ぼくはそれを見て、糸井さんの生い立ちに触れたような気がしました。
その生い立ちは、僕の背中を押してくれたような気がしました。
「ことばならなんでもいいじゃん」って。